投資先の企業価値向上に取り組むクールジャパン機構のValue Creation担当3名に、具体的にどのような取組を行っているのか話を聞きました。その後半をお届けします。
*前半はこちらをご覧ください。
投資先企業にとって、「クールジャパン」は戦略の一環
Q. 投資先企業にとって、「クールジャパン」に取り組むことにはどんな意味があるのでしょうか?
松田:投資先によってケース・バイ・ケースですが、基本的に投資先にとって「クールジャパンに取り組むことが、事業の柱を新たに育てる/強化する」ことだと考えています。例えばEMWの場合、我々は日本酒の中国マーケットを広げる狙いもあって出資しましたが、EMWにとって日本酒事業の立ち上げは非常に重要な意味を持ちます。顧客である有名ホテルには、ワインだけではなく日本酒など魅力的なお酒をもっと提供したいと思いながらも、優れた商品の調達や顧客へのPRに難しさを感じていたケースもありました。日本酒事業は、EMWが今後さらに成長するために、ワインという大きな柱を軸に第2、第3の柱を作っていくという彼らとしての成長戦略の一環なのです。
小林:どの国の企業にとってもクロスボーダービジネスは難しいのですが、その中で、我々とともに活動することでEMWにとって言語も文化も異なる日本酒の専門家の方々にすぐにアプローチできるのは大きなメリットだと思います。例えば、EMWは顧客ニーズに幅広く応えるという意味でも、当社が出資する以前から日本酒の取り扱いを模索していました。中国企業が日本酒を取り扱いたいと、いきなり日本の酒蔵にコンタクトしても話が進むには時間がかかりますし、コミュニケーションの問題で様々なすれ違いが発生するリスクも高いです。そこで我々が間に入り、支援をすることで、話がホップからいきなりジャンプすることもあるのです。
萱内:Sentaiにとっては、とにかく我々が日本のアニメ業界で持っているコネクションや、既存投資先とのネットワークが大きいと思います。当社の投資先企業で日本のポップカルチャー関連グッズのECを展開しているTokyo Otaku Mode(トーキョーオタクモード)がありますが、両社で連携してプロモーションを行った結果、Sentaiが提供する動画配信サービスの会員数を増やすことができました。その進捗を我々も常にモニタリングしていましたので、投資先企業同士の協業の結果まで見届けることができて嬉しかったですね。
左から、クールジャパン機構 投資戦略グループ 小林豊明、松田亘司、萱内貴彦
領域フォーカス・中立性・中長期目線—政府系としての強みを武器に
Q. 一般的にPMI*が難しいと言われている中で、クールジャパン機構がうまくやれているとすれば、その理由は何でしょうか?
(*PMI: Post Merger Integrationの略。ここでは、M&A後の統合プロセスや事業成長を目的とした活動を指す。)
松田:当社の場合、投資分野を「メディア・コンテンツ」「食・サービス」「ファッション・ライフスタイル」「インバウンド」と主に4つにフォーカスしていますので、分野ごとにPMIのナレッジを蓄積していることが強みの一つだと思います。これまでの投資を通じて蓄積したデジタル・マーケティングやDXなどのノウハウ・成功事例を各投資先に対して積極的に共有・横展開しており、それが各投資先で新鮮かつ有意義なアイディアとなることもあります。あとは、政府系ファンドとして地方自治体との強いネットワークもありますので、日本全国の様々な事業者とのビジネスマッチングを進めやすいというのは大きな強みでしょう。
萱内:PMIの成功要件としては、実行部隊にPMIに関連するコンピテンシーがあることと、投資先のインダストリーを理解していることが挙げられるかと思います。前者については、我々のメンバーは前職や当社入社後に色々な経験を積んでいますし、会社としてのナレッジの蓄積もあります。後者についても、4つの領域にフォーカスしてきたことにより、こちらも会社としてインダストリーナレッジを蓄積してきています。さらに、当社の場合、インダストリーを理解しているだけでなく、そこで強く戦っていくためのコネクションがある。それは中立性の高い政府系ファンドとしての強みだと思います。例えばSentaiの場合も、当社が財閥や企業グループの性質、いわゆる特定の色が入っていないファンドだからこそ、日本の版権元と幅広くリレーションを構築することができていると言えます。
小林:もう一つ民間のファンドとの違いは、我々は投資先をより中長期的な目線で見ることだと思います。何かを削ることよりも、ある程度時間をかけてアドオンで価値を出していきます。だからこそ、現地の従業員が心から日本を好きになってくれるのを見届けることができる。当社が役割を終えてExitした後も、日本を好きになった従業員が自ずと現地に日本の良さを広めてくれるのです。これは、費用を投じて一過性のプロモーションイベントをするだけではできない、時間をかけて投資先とともに汗を流してクールジャパン事業を生み出していく官民ファンドだから出せる効果だと思います。
松田:そもそも成功とは何かを考えたときに、投資先と描いた戦略をきちんと実現することとするならば、我々は投資前の段階から何を実現するのかをしっかり投資先と検討していくので、無理な投資はそもそもしないし、実現可能性に懸念を感じたら、きちんと投資先と摺合せを行います。その意味で我々Value Creation担当が計画の実行可能性を高めるよう投資先と喧々諤々と議論することが、成功率を高める要因となるのかもしれません。
土台作りを終え、さらなる成長に向けて投資先とともに
Q.Value Creationに特化した担当の皆さんが活動を始めて1年足らずですが、今の到達点はどれくらいですか。また、今後どのように進めていきたいですか?
松田:私の感覚として今は「ようやく軌道に乗り始めた。まだまだこれから。」という感じでしょうか。この1年間は、投資先と十分なコミュニケ―ションを取るためのテンプレートの定義や設計など、インフラを作ることにフォーカスしてやってきました。家に例えると今はちょうど土台ができたところ。ただ、この土台となる部分が非常に大事で、労力がかかる。その先の投資先の財務的な成長や当社が期待する政策的意義のゴールを考えるとまだまだこれからです。
萱内:投資先が海外の会社だとどうしても色々と時間がかかってしまいますし、今回の新型コロナウイルス感染症の影響で逆戻りしてしまった部分もあります。今は20点くらいかもしれません。ただ、松田の言う通り、非常に大事で労力のかかる土台作りを終えたところなので、ここから残りの80点はこれまでに比べたら非常に取りやすいものであるとポジティブに捉えています。Sentaiはまだ半分程度がオフラインのビジネスなので、オンラインを増やしたり、自社の動画配信を強化したり、在庫を減らしたりするなど、世の中の変化に応じながらやりたいことはたくさんあります。
小林:私はこの1年、現地に幾度となく足を運び、長期滞在をしながらEMWとともに活動をしてきました。EMWの業務の細かいプロセス、組織構成の理解が進み、従業員一人ひとりのケーパビリティも私の頭に入っています。1年かけて理解を深めることで、EMWの状況変化を素早く把握できるようになり、クールジャパン機構として必要な活動をする環境が整いました。これからは当社に投資してもらってよかったという会社を一社でも多く増やしたい。EMWのように、これまでは創業者中心にまわっていた会社が、当社が入ったことにより、より大きな企業として組織経営ができるように成長する。そんな会社を増やしていきたいと思います。
松田:最終的に我々が100点満点に到達するためには、今回の新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえて、世の中の変化や動向をしっかり捉え、我々自身も勉強し、ケーパビリティを広げていかないといけないと思っています。テクノロジーや人々の心理的な変化など、きちんと見定め、投資先の事業に反映していくことが我々のチャレンジになるでしょう。
投資先企業の経営陣とクールジャパン機構メンバー (左:Sentai、右:EMW)
(※いずれも2019年に撮影)
(終わり)
参考)EMW出資決定に関するクールジャパン機構プレスリリース(2019年6月18日)
参考)Sentai出資決定に関するクールジャパン機構プレスリリース(2019年8月1日)